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名古屋地方裁判所 昭和52年(ヨ)1908号 決定

昭和五二年(ヨ)第一六五七号、

第一六五八号、第一九〇八号

申請人

山本一郎

昭和五二年(ヨ)第一六五七号、

第一六五八号、第一九〇八号

被申請人

日本共産党愛知県委員会

右代表者委員長

阿部泰

右代理人

水野幹男

昭和五二年(ヨ)第一九〇八号

被申請人

日本共産党中央委員会

右代表者議長

野坂参三

右被申請人両名代理人

藤井繁

原山剛三

主文

一  申請人の本件各申請をいずれも却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  申請の趣旨

(昭和五二年(ヨ)第一六五七号)

(一)  申請人が被申請人の勤務員たる地位にあることを仮に定める。

(二)  被申請人は申請人に対し金六一万八七五〇円及び昭和五二年一一月一日から本案判決確定に至るまで一ケ月金一一万二五〇〇円の割合による金員を毎月末限り仮に支払え。

(三)  申請費用は被申請人の負担とする。

(昭和五二年(ヨ)第一六五八号)

(一)  申請人が被申請人に対し日本共産党岩倉地域居住者支部所属党員として党活動する党規約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

(二)  申請費用は被申請人の負担とする。

(昭和五二年(ヨ)第一九〇八号)

(一)  申請人が被申請人の党員たる地位を有することを仮に定める。

(二)  申請費用は被申請人の負担とする。

二  各申請の趣旨に対する答弁

(一)  申請人の申請を却下する。

(二)  申請費用は申請人の負担とする。

第二  当事者の主張

(昭和五二年(ヨ)第一六五七号)

一  申請人の主張

(一)  被申請人日本共産党愛知県委員会(以下「被申請人県委員会」という)は政治団体である日本共産党の同党規約(以下「規約」という)一七条二項の県段階における指導機関であり、かつ数十人の県勤務員(以下「専従」ともいう)を使用し、賃金を支払う労働基準法上の使用者である。

申請人は、昭和三五年(一九六〇年)日本共産党に入党し、昭和三八年(一九六三年)八月一日付で地区専従となり、昭和四四年(一九六九年)一二月被申請人県委員会により勤務員(以下「県勤務員」という)に採用され、以後同被申請人の肩書住所の事務所において党県青年学生対策部員、党県選対部員として党県専従業務に従事し、賃金の支払をうけてきたものである。

(二)1  申請人は昭和五〇年(一九七五年)五月上旬一斉地方選挙直後他の二人の党員と酒席を共にしたとき、愛知県選挙全滅(三議席―零)名古屋市議選不振などを含む地方選挙結果についての雑談中に、被申請人県委員会の指導・活動の在り方について批判を述べた。

2  右批判事実が規約上の規律違反に該当することは申請人としても認めざるを得ないが、右規律違反につき昭和五一年(一九七六年)八月五日同被申請人は申請人を規約六三条一項により警告処分に付した。

3  右処分の直後に、同被申請人は、申請人に対し、口頭で専従を解任する旨意思表示(以下本件解任処分という)したうえ、申請人が病気中であることを考慮し、当分の間給料の支払は継続する旨告げた。

右解任処分は、同被申請人が使用者として、労働者である申請人を懲戒解雇する趣旨である。

本件解任処分の理由は「①申請人に対してのみ多くの同志が被申請人県委員会への不平不満をいうという“ふきだまり状態”に申請人がなつていること②そういう状態の規律違反が長いことから専従者としての資質に欠ける。」というにある。

(三)  しかしながら、本件解任(懲戒解雇)処分は、申請人が党の専従業務上の頸肩腕障害で半日休業中になされた点において、労基法一九条に違反し無効である。

すなわち、申請人は昭和四七年(一九七二年)一二月一〇日施行の衆議院選挙のための事前及び事後における県選対部業務遂行中、頸肩腕症候群に罹り、四箇月半の全部休業ののち、病状は回復にむかつたが、昭和四九年(一九七四年)七月七日施行の参議院選挙のための県選対部専従業務遂行中極度に増悪し、それ以来解任に至るまで、同被申請人の承認のもとに半日休業、半日勤務を続けていたが、申請人の右疾病は、党県選対部専従の書字業務に起因するのである。

なお、申請人は、本件解任処分当時「半日勤務可能(半日休業必要)」であつたが、労基法一九条の「休業する期間」とは、同条規定の趣旨から半日休業もしくは断続的一部休業をも含むと解すべきである。

(四)  以上の次第で本件解任処分は労基法一九条違反として無効であるから、申請人は依然として県勤務員たる地位を有するものであるが、同被申請人は、本件解任処分以後就労を拒否し、昭和五二年(一九七七年)四月以降六月まで毎月賃金の半額を支払わず、同年七月以降賃金金額を支払わない。

本件解任処分当時、申請人は被申請人より毎月末月額賃金一箇月一一万二五〇〇円(内訳基本給七万円、年令給二万九五〇〇円、党専従歴給一万三〇〇〇円)の支払を受けていた。

従つて、申請人は同被申請人に対し、昭和五二年(一九七七年)一〇月末までの末払賃金合計六一万八七五〇円((内訳))及び同年一一月以降一箇月一一万二五〇〇円の賃金支払請求権を有する。

(五)  申請人は、同被申請人から支払われる給料を唯一の収入源として生活を維持していたものであり、本件解任処分により唯一の収入の途を奪われ窮迫し、本案判決確定をまつては回復できない損害を蒙る。

(六)  よつて、申請人は同被申請人に対し県勤務員たる地位の保全と、昭和五二年(一九七七年)四月以降同年一〇月末までの賃金合計六一万八七五〇円及び同年一一月以降一ケ月一一万二五〇〇円を毎月末限り仮払いすることを求める。

(七)  本案前の抗弁に対する反論

同被申請人が、申請人に対し労基法一九条違反という人権侵害及び規約に違反する党員権侵害をなしたことにつき、申請人は党内部で不服申立したが、これを却下されたので、右権利侵害の救済を求めて憲法三二条所定の裁判を受くる権利を行使したのが本件仮処分申請である。従つて本件仮処分申請は明白な法律上の争訟性を有するものである。

しかるに、同被申請人はこれを司法審査の対象外におくべきであると主張するが、右主張は憲法三二条所定の裁判を受ける権利という基本的人権を政党の構成員については否定するものであつて、憲法二一条と憲法三二条の憲法解釈として社会通念上到底うけいれられない。なぜならば、憲法二一条の結社の自由は、絶対的無制限なものではなく、結社の内部運営、自律権の行使が、もし、結社構成員の憲法上の基本的人権等について権利侵害をしているならば、被侵害者が、その救済を求めて裁判所に出訴することができることは、憲法二一条に照らし余りにも明白なことがらである。

(八)  除名処分と本件被保全権利の関係

同被申請人は、昭和五二年一一月三〇日付で申請人を除名した処分(以下本件除名処分という)が、直ちに本件申請の被保全権利喪失の効果をもたらすと主張している。

しかし、規約上の除名処分が、直ちに労基法上の労働者としての申請人の県勤務員たる地位を失わせるものではない。

仮に、申請人の右主張が理由ないとしても、本件除名処分は昭和五二年(ヨ)第一九〇八号仮処分申請事件における申請人主張のとおり無効であるので、申請人の被保全権利が本件除名処分によつて消滅するいわれはない。

二  被申請人県委員会の主張

(本案前の抗弁)

(一) 被申請人県委員会は規約一七条二項に定める都道府県組織の指導機関であると同時に同条項にいう都道府県組織たる同党愛知県組織そのもの(通常愛知県党ないし愛知県党組織と呼称される)であり、法人格なき社団であり、申請人は昭和四四年一一月以降被申請人勤務員であつたところ、被申請人は申請人自身これを自認した規律違反行為を理由に昭和五一年(一九七六年)八月五日申請人を警告処分に付し、また同日申請人を県勤務員たる地位にふさわしくないものと判断してこれを解任することを決定した。解任とは、党内部署の変更であり、解雇ではないが、申請人はこの専従解任及びこれに伴う所属党組織の変更措置につき、その効力を争い裁判所に公権的判断を求めて本件仮処分申請に及んでいるものであるが、もともと専従解任のごとき政党内の任務の変更は政党の完全な自律性に属する事項であつて司法審査の対象とはならない。

(二)1 いうまでもなく、国民主権によつて立つ議会民主主義は憲法の基本原則である。そして、政党はこの議会制民主主義の重要不可欠な担い手であり、憲法二一条の保障を受ける政治結社である。

政党がその綱領路線に基づいて活動を展開するためには、党の統一的運営、内部規律の秩序について完全な自律性、自主性が保障されなければならない。もともと政党は国家権力から自由であるという憲法的保障の上に存立するものであるうえ、議会制民主主義の最大の守り手とされている以上、党内の組織、運営に関する党内問題はすべて政党自身の自律的決定に委ね、公権力の介入を許さず、司法審査の対象としないとすることは、まさに憲法上の要請である。

このように議会制民主主義に重要な役割を担う政党は政治理念、政治信条を共通にし、これを体現する綱領、規約を承認するものの自発的参加による結集体である。この点において、政党は労働組合、その他一般結社と決定的に区別される。政党は他の結社と違つて政治理念の共通性、価値観、世界観の共通性をその生命としている。つまり政党は結社のなかでもとりわけ思想、信条の共通性を生命としているものであり、言いかえれば憲法一九条(思想信条の自由)そのものを体現している。従つてこれへの国家的介入、法的規制はただちに思想、信条の自由への侵犯となるものであつて断じてゆるされるものではない。それはただちに政党の存在そのものの否定につながるからである。また政党は綱領に指し示された政治路線、これを具体化した政策、方針を実践する活動が議会制民主主義の展開過程となるべきものであり、そして、そのためには党内の政治的組織的任務と配置を含む統一的運営と自覚的規律の党自身による自主的貫徹が保障されなくてはならないのである。因みに党員は一定の利害関係を求めて政党に加入し活動するものではなく、綱領、規約の同意を要件に、自覚的に参加し、活動するものであり、ある党員の任務につき党のなした決定には、そもそも当該党員の「権利」侵害なるものはありえないのである。

2 日本共産党はいうまでもなく議会制民主主義を担う政党であり、規約上、明確に民主主義的中央集権性(民主集中制)を組織原則としている。この民主集中制は近代民主主義の基本的原理である結社の自由に基づき、党の統一的運営と党員の団結を保障するために同党の定めた自律的な原則である。そして、歴史は同党のような真に労働者階級と国民の利益を代表する党がこの自律的原則に基づいて固く団結し、一体となつて奮斗することが保障されてこそ、真に社会全体の自由と民主主義が守られ、発展するものであることを証明している。

他の政党の場合も、自律的組織原則を規約に定めているが、一般社会のもとでの自由、民主主義と結社内部でのそれとの区別があいまいであり、実際上も多かれ、少なかれ両者が混同され、派閥や分派の横行を許し、党の正式決定と異なる見解が勝手に表明され、決定の一致した実行が怠られているのが現実である。これらの政党とちがつて、日本共産党の民主集中制の組織原則は、最高度に発展した組織原則であり、それはおよそ政党の本質に根ざす要請を科学的に理論化したものにほかならない。同党にかぎらず、いかなる政党も規約上、党員に対して党の綱領、規約に反する行為や党の決定に反する行為をする「自由」を認めず、規律違反として党から除名することをも含めて処分の対象とすることを定めているが、このことは政党の自律権が政党の本質的要請に基づくものであることを示すものである。

どうしても政治的意思が一致しなければ、本来その政党を離脱し、自由に行動すればよく、自由の名において、政党内において分派やグループ活動をすること、党内にありながら党内問題を党外にもちだすことは自由意思にもとづく政党の結集をさまたげる行為であり、政党の存立とは矛盾する。党規約一一条は、この見地から離党の自由を明記している。申請人は日本共産党の党員になるにあたつて綱領とともにこの規約を承認している。そして党内に異論をもつた時点で申請人はこの規約に定められたあらゆる権利を行使したこと、その行使を何人によつても阻害されなかつたことは申請人の主張自体にてらして明白である。その異論を党の最高機関である党大会にまで上訴できたことは申請人本人の認めるところである。それが却下された以上、申請人は、それに従うなり、離党するなり、申請人がとるべき道は自由に開けているのであつて、これを党外、とりわけ国家権力に判断を求めるのは、結社の自由とそれにおける政党の特別の地位への乱暴なじゆうりんである。

以上の次第で、政党の自律権の行使である本件解任処分には司法審査が及ばないものであることは明らかである。

(申請人の主張に対する認否及び反論)

(一) 申請人の主張(一)の事実中、被申請人が県段階の指導機関であること、申請人の入党以来の党内歴がその主張のとおりであること(但し県勤務員を命じたのは昭和四四年一一月である)は認めるが、被申請人が労基法上の使用者であること及び被申請人に毎月賃金を支給したとの点は否認する。

(二) 同(二)1、2、3の事実は認める。但し3の事実中本件解任処分が懲戒解雇であることは否認する。

(三) 同(三)の事実中申請人がその主張の期間全休し、その後半日勤務半日休業したことは認めるが、その余は否認する。申請人は昭和四七年(一九七二年)一二月の総選挙直後から診断書を提出することなく約四箇月間全休したが、実際には全休を要するものではなく、軽度の症状であつた。その後申請人が午前ないし午後の半日勤務をするようになつたが、それは被申請人が同志的配慮から半日勤務を承認していたに過ぎない。

(四) 同(四)の事実中、月額給与の額、支払額が申請人主張のとおりであることを認め、その余は争う。

(五) 被申請人、申請人間には労基法の適用される労使関係は存在しない。

1 日本共産党は科学的社会主義の理論と運動の正当性を確信し、この理論のわが国での創造的適用、発展である党の綱領、規約を承認し、綱領のさし示す日本の社会主義的未来の実現をめざして奮闘することを決意した党員が、自由意志にもとづいて結集している政治結社である。共産主義社会の実現という目標で結ばれるこの組織体は、政治理念の共通性を基礎とする、自主的、自覚的結集を本質としている。

党の構成員相互は、真に自由、平等な人格を基礎とする同志的な結合関係にあり、支配と被支配、搾取と被搾取、雇用といつた、根本的に利害の相対立する関係は存在しない。

党の綱領と規約を承認し、党の一定の組織に加わつて活動し、規定の党費をおさめるものは党員となることができる。党員は革命の事業に献身することを決意して党の一員となる。党活動に加わり、党生活を営むことは、党員のもつとも基本的な権利であると同時に義務である。(規約二条(二)、三条(二))。

自発的意志にもとづいて党に加わつた党員は、党の政策と決定を積極的に実行し、党からあたえられた任務をすすんで行う、これはすべての党員に課せられた責務である。党員の部署と任務は党内で民主的に決定される。情勢、党の果たすべき課題、党員の資質、能力、条件等の諸要素を総合して、党員の力が適切に発揮され、党全体が統一し団結してたゝかうにふさわしく決定される。いつたん決定された任務は必ず実行されなければならない。

右にみたように党員の任務と活動は彼が党員であることそれ自体に由来する。自発的に結集された自治的組織である党内における党員の任務とその遂行は、彼が自覚的規律を承認した党の構成員であることの結果に外ならない。党員に課せられた任務の遂行は、したがつて党の政策と決定の具体的実践であり、党員の基本的権利、業務の実現である。彼が党務に献身するのは、何ものかに強いられるものでもなければ、命令されるからでもない。真の自発的意志にもとづくものである。これは党員のすべてに、例外なくいえることであつて、機関の構成員であるか否かによつて何らの差異もない。上級と下級、組織と党員の間にある指導、被指導の関係は党存立のよつてたつ組織の原則から必然である。党規律を同志的結合、自覚的結集の準則として承認する党員にとつて、指導、被指導の関係が支配、従属の関係として観念されることはない。

2 党と党員との間の右のような関係は党専従ないし県勤務員についても基本的に同様である。

県勤務員は同一の政治的理念、信条に基づき自覚的に結集している党員の中から選出され、県党の指導機関たる被申請人を構成するものである。指導機関たる県委員会は、県党会議において選出されることになつており、このとき選出されるのは県委員、准県委員(県役員と呼ばれる)であるが(規約三九条)、県勤務員は県役員とともに指導機関の構成員としてそれぞれの部署に関して全県党の指導にあたるのである。

申請人は指導機関の役員をへて昭和四四年(一九六九年)県勤務員となり、昭和四五年(一九七〇年)以降被申請人選対部の部員として総選挙をはじめ各種選挙の指導にあたつてきた。一定量の機械的労務を被申請人にたいし、その指揮命令に基づき提供するがごときものとはおよそ性質を異にする高度な政治指導の遂行であつた。

以上の点において申請人は労基法九条の労働者に当たらず、被申請人は同法一〇条の使用者に当たるものでないことは明らかである。

3 県勤務員は専従の県役員と同様県党組織たる被申請人から「給与」の支払いを受けている。しかしこれは使用者の指導命令に基づく労働力売買ないし一定量の労働に対する対価などとは性格がまつたく異なるものである。

4 労基法上の労働者とは「事業所または事務所に使用される者で賃金を支払われる者」である。(同法九条)

ここでいう「使用される」とは労働者が使用者との関係において、従属的労働関係にあることを意味するものである。従属的労働関係とは事業主の指揮命令をうけ、その監督のもとに労働を提供し、その対価として賃金をうる関係である。このように従属的労働とこれの対価としての賃金が労働者性を決定づける。

党任務とその遂行は、社会主義を通じて共産主義社会を実現するという、党の目的に向つての行為である。大衆的前衛党である党は、数十万人の党員とすべての党組織の一致団結した共同行動によつてその政治理念を具現化しようと務める。党員の党活動への献身は日本の労働者階級と人民を搾取と収奪から根本的に解放するという崇高な共産主義者の信念と自覚からであつて、活動に対する報酬や対価の取得を目的とするものではないし、いわんや彼を支配する何者かに労働力を売渡した結果ではないことは明白である。党の任務は誇りある党員の確信と自覚に基づき、自発的になされるものであつて、活動の過程において支配被支配の力関係が及ぼされることもありえないから従属的労働をもつて論ずる余地はありえない。

申請人は、申請人と被申請人の関係は、指導・被指導の党内関係のほかに、指揮命令を中核とする使用従属関係があると主張するが、このような「二面論」はこれまで詳述した党の目的と性格、党の組織原則からいつて、到底是認しえない暴論である。党組織と党員、上級と下級の党内関係を、その本質的内容から意図的、恣意的に切離したうえで、あたかも従属労働関係が存在するように描き出す詭弁である。

日本共産党の専従者は、すべてその生命、生活の全てを結社の目的実現にむかつて捧げてゆくことを当然の任務としている。この専従者に対する「給与」は、専従役員や専従勤務員が日常不断に、かつ専ら党活動に専念し、他に生計のための収入を得ることが不可能であるから、党任務の遂行を物質的に保障するために支給される活動費である。

それは申請人が主張するように、被申請人に「採用」された結果として支給されたものではなく、党役員であれ、非役員勤務員であれ、専従党員に対して支給されるものなのである。ちなみに「専従」とは党の任務遂行の一つの党内配置であつて企業における「採用」とは根本的に異るものである。

申請人の主張はこれらをつきつめれば、党員はすべてその任務を遂行するについて、対価を請求できることに帰着するであろう。党活動を従属労働とみなす立場からは、その労働が専従党員のそれであるか否かは関係のないことだからである。しかし、党活動に対する報酬や対価は、党の目的と性格から容認されないのであつて、圧倒的多数を占める非専従一般党員がこのような対価を得ることもない。

党内にあつてはいかなる使用従属関係も存在しえない。従つて党は使用者としての事業主ではないし、申請人は労働者ではない。党は労基法の適用をうけないのであつて、同法の定める賃金、労働時間、休憩、休日、有給休暇、時間外、休日労働、就業規則等々の諸規定は適用されない。一九条の解雇制限を根拠とする本申請が失当であることはあまりにも明らかである。

党は「自発的意志にもとづき、自覚的規律でむすばれた共産主義者の統一された、たたかう組織である」(規約前文)。党内関係においては労使関係をもつて論ずることの可能な法律関係は一切存在しない。

従つて、本件解任処分が労基法違反として無効とされる理由がない。

さらに付言すれば、申請人は昭和五二年(一九七七年)一一月三〇日党規約によつて除名され、すでに党員資格を喪失しているから、申請人が党員たることを要件とする県勤務員たる地位を仮りに有していたとしても、右除名処分により右地位を当然に喪失したというべきである。

よつて、申請人主張の被保全権利は不存在であるから、本件申請を却下することを求める。

(昭和五二年(ヨ)第一六五八号)

一  申請人の主張

(一)  被申請人県委員会が昭和五一年(一九七六年)八月五日申請人に対し本件解任処分をしたことは、前記のとおりであるが、同月一〇日同被申請人は、申請人の県勤務員支部所属籍をはずして県委員会直属点在党員にする旨決定(以下点在党員措置決定という)し、更に昭和五二年八月二六日右点在党員措置を期限なしに継続する旨決定した。右決定の理由は①申請人と機関とは根本的に意見のちがいがあるが、それは申請人の自己批判が不十分であることが原因であること、及び②被申請人が申請人に対してなした規律違反行為に対する警告処分及び本件解任処分につき、申請人が党規約六九条二項に基づいて上訴中であること、というのである。

(二)  しかしながら、右点在党員措置、その期限のない継続決定は次の理由により無効である。

1 規約一条の基本的党員権侵害である。即ち「党の一定の組織に加わつて活動する」ことは党員の基本的義務であるとともに基本的党員権であるが、点在党員措置は右基本的権利を奪うものであるから無効である。

2 点在党員措置は、党規約で申請人に保障されている党員権のうち、次の権利条項の基本的部分を奪うものであるから党規約上無効である。

(1) 三条四・六項 支部委員会による処理をうける権利部分

(2) 三条一・五項 支部に所属しての党内言論権部分

(3) 三条三項   支部委員の選挙・被選挙権部分

(4) 六九条二項  支部総会への再審査請求権部分

3 点在党員措置は、組織隔離処分及び2に述べた各種権利条項の部分的権利停止処分に外ならず、党規約六三条には、このような処分は規定されていないから、同条に違反し無効である。

3 同被申請人の点在党員措置・その継続決定の各理由自体合理性を欠くから無効である。即ち前記決定理由①は「意見のちがいによる組織的排除」となるもので、党規約前文四項違反であり、同決定理由②は党規約六九条二項に基づく権利行使を処分理由とするもので党規約上許されないことである。

5 結局点在党員措置決定は、警告処分及び本件解任処分に対して、規約三条四・六項、六九条二項に基づき申請人がなした党中央委員会・県委員会・県勤務員支部に対する意見書提出・再審査請求書・上訴書提出に対する同被申請人の報復的組織隔離であり、規約前文二項の社会的階級的な道義に違反し無効である。

6 点在党員措置は規約一〇条所定の転籍手続違反として無効である。即ち基礎組織に所属している党員に対して、その党員及びその基礎組織の了解・同意も得ず、協議もせず、一級上の党機関が、その党員・支部の権限に属する転籍問題に直接介入し、点在党員にする権限は規約上認められていない。のみならず、この措置は同被申請人の正規の機関決定によるものではなく、同被申請人の一部の者の独断的実務処理によるもので無効である。またその継続決定は、点在党員措置が無効である以上当然に無効であるのみならず、右継続決定は点在党員措置が一年一六日間に及んだ後に、無期限でなされた点において長期に過ぎ不相当であつて無効である。

(三)  申請人が県勤務員を解任されて県勤務員支部所属でなくなつた場合には規約一〇条により、当然に申請人の居住地である岩倉地域居住者支部へ転籍になるのである。

(四)  以上述べたとおり、申請人は岩倉地域居住者支部所属の党員であるが、点在党員措置・その期限なし継続決定により、前記(三)1及び2に述べたように党員権を侵害されており、本案決定の確定をまつては回復できない損害を蒙る。

(五)  よつて、申請人は、申請人が日本共産党岩倉地区居住者支部所属の党員たる地位にあることを仮に定める旨の裁判を求める。

(六)  本案前の抗弁に対する答弁

昭和五二年(ヨ)第一六五七号一、(七)の記載と同じ。

二  被申請人県委員会の主張

(一)  本案前の抗弁

申請人主張の点在党員措置及びその継続決定は同被申請人の自律権に属する党内組織問題であり、司法審査の対象とならないことは、本件解任処分の場合と全く同様である。

(二)  申請人の主張に対する認否反論

申請人主張の日時に本件点在党員措置決定をしたことは認めるが、その余はすべて否認する。なお、申請人は昭和五二年一一月三〇日に党員を除名されているから、被保全権利が仮りにあつたとしても、その時点で消滅している。

(昭和五二年(ヨ)第一九〇八号)

一  申請人の主張

(一)  被申請人県委員会は、昭和五二年一一月三〇日午後一〇時常任委員会において、党員である申請人を除名する旨決定し、被申請人中央委員会の承認を経たうえ、一二月一日早朝申請人の自宅において申請人に対し除名する旨口頭で意思表示(以下本件除名処分という)をした。

(二)  本件除名処分の理由は、「申請人は反党的裏切り行為をした。即ち申請人は自ら犯した規律違反に対する県委員会の本件解任処分を不服として、被申請人中央委員会に提訴したうえ、右処分の救済を裁判所に求めた。このように、党内問題を党外にもち出したことは、党規律をじゆうりんする謀略的な反党行為である。また本件解任処分の事実を電車の中で他人に告げた。これらの行為は規約二条一・二・五・七・八・九項に違反するから、規約六二条、六三条、六四条二項に基づいて除名する。」というのである。

(三)  しかしながら、本件除名処分は次の理由により無効である。

1 本件解任処分及び点在党員措置とその継続決定が無効であることを先に詳述したとおりであり、申請人はこれらの処分につき党内部において救済を求めたが解決されなかつた。

このような場合憲法三二条で党員にも個人として保障されている裁判権を行使して裁判所に出訴し救済を求めることが許されるべきは当然であつて、その申請内容が事実無根でない限り政党は提訴行為を理由として当該党員を党規律に違反するとして処分することは許されないものである。

従つて、申請人の出訴を党規律違反に該当するとして申請人を除名処分に付することは許されず、本件除名処分は無効である。

2 次に本件解任処分の事実を申請人が電車内で約一〇分間旧知の党員から聞かれて答えた行為を一つの独立した除名理由とする本件除名処分は処分権の濫用であるから無効である。即ち右申請人の行為は、右の態様にてらし、党規約二条一・二・五・七・八・九項のいずれにも該当せず、除名処分事由にも該当せず、仮に何らかの規約に違反するとしても除名処分相当性をもつものではない。

3 また本件除名処分は、申請人に弁明の機会を与えず、関係資料を公平に調査することなく決定されたものであるから、党規約三条七項、六八条に違反するものとして無効である。

もつとも県常任委員会は処分に先だち昭和五二年(一九七七年)一一月三〇同午後九時頃申請人の自宅において申請人に対し、文書で県常任委員会に出頭されたい旨通知し、同時に口頭で「今夜一〇時より県常任委員会において申請人の規律違反処分の審議をするからその場へ出席して弁明する機会を与える。」旨告知した。これに対し申請人は健康上の理由で出席できないと答えた。このように申請人の欠席は正当事由があるのに、申請人欠席のまま審議したことは弁明の機会を与えなかつたことになる。

4 これを要するに、本件除名処分は、実質的には申請人の憲法三二条の正当な裁判請求権の行使による昭和五二年(ヨ)第一六五七号、同第一六五八号各地位保全仮処分申請事件の被保全権利を故意に喪失、不存在にさせるためになされた正当理由の存在しない除名処分であり、かつ申請人が申請した昭和五二年(モ甲)第八九四号証拠保全申立事件の同年一二月二日に期日指定された検証の実施そのものを中止させるか、或は検証当日検証現場での検証文書提出拒否の口実をつくりだすための除名処分であつて無効である。

(四)  申請人は昭和五二年(一九七七年)一一月九日同年(ヨ)第一六五七号、第一六五八号各地位保全仮処分事件を申請したが、右仮処分申請は、申請人が被申請人の党員たる地位にあることに基づいて申請しているものであるところ、本件除名処分が存在するため、右各仮処分申請事件の被保全権利の前提としての党員たる地位を主張することができず、かつ党員としての一切の権利を行使することができず、本案訴訟で勝訴判決を得ても、その時までに党員としての一切の権利を行使できなかつたことによる損害は回復できないことは明らかである。

なお申請人は現在被申請人県委員会、被申請人中央委員会の一級上の機関としての日本共産党第一五回党大会に除名処分の不服を申立てているが、それは二年ないし三年後にしか開催されない。

よつて、本案判決確定に至るまで、申請人が日本共産党員たる地位を有することを仮に定める旨の裁判を求める。

(五)  本案前の抗弁に対する反論

1 被申請人らは、憲法全般或は憲法二一条における政党の特別の地位から本件仮処分申請を司法審査の対象外とすべきであるとし、政党の特別の地位主張の根拠として次の四つをあげている。

① 政党は国家権力から自由であるという憲法的保障

② 政党は議会制民主主義の重要不可欠な担い手、最大の守り手

③ 政党は憲法一九条そのものを体現している

④ 政党の自律権の存在

しかしながら、以下に述べるとおり、被申請人の右主張及び四つの根拠はいずれも憲法解釈としては恣意的解釈というべきである。まず、

①について

この自由権の存在は当然のことである。しかし、憲法二一条の結社の自由という場合、政党以外のすべての結社即ち経済的、宗教的、文化的結社を問わずいずれも平等に国家権力からの自由という一般的自由権をもつているのであつて、右①の主張は結社のなかで政党のみがその自由権の保障内容において特別の地位を有するという根拠とはなりえないものである。

次に②について

この議会制民主主義は憲法上での参政権保障によつて国民・有権者のすべて、或は政党をふくむすべての結社によつて担われ、守られているのであり、政党が議会制民主主義において重要な役割を果していることは当然であるが、憲法は政党についての特別の規定をもつていないし、政党法も現在日本には存在しておらず、政党は憲法的編入の段階にはいたつていない。

そもそも結社の自由のなかで議会制民主主義との関係で、政党に特別の法的地位を承認し、憲法のなかには政党条項を入れている各国憲法の場合には、特別の保障内容とともに、一方では特別の法的規制を成文化しているケースが多いのである。日本においては政党の憲法的編入、政党の法的規制については学説上でも賛否相半ばし、さらに政党法の動向については、小選挙区制制定の動向とからんで、被申請人らは一貫して政党の特別の法的地位制定の動向には反対してきたのである。

以上のとおり政党と他の結社とは憲法上成文上での法的地位にはなんらの区別がなく、政党は他の結社と同様に基本権を享受する私的性格の団体であると解すべきである。

従つて、右②の点も被申請人主張の根拠とはなりえないものである。

③について

憲法一九条は同二〇条、二三条とならんで、純粋に個人の「内心の自由」と考えられているものであり、それらは高度に個人的なものであつて、結社内部での正当理由のない除名処分、具体的人権侵害、具体的党員権侵害をめぐる争い、もしくは当該法律上の争訟という場面において、その政党員個々の思想、信条問題を意味するのは格別、憲法における政党の特別の地位や本件の司法審査対象外問題を根拠づけるものではない。

④について

政党に一般的自律権が存在し、その自律権の一つとして統制権が存在することは自明のことである。しかし、憲法二一条の結社の自由という場合、その他の経済的・宗教的・文化的結社のいずれにおいてもその法的根拠をどこに求めるかは別として、一般的自律権、統制権、懲戒権が存在することも自明のことである。従つて、④の点も被申請人主張の根拠とはなりえないものである。

一方で、憲法の自由権の一つとして結社の自由は社会的意味をもつ市民的自由であり、それは③でのべた「内心の自由」と異なつてそれがだれにでも同じように保障されているという意味での平等とともに存在する。即ち、その基本的人権の制限=結社の運営内容によつては他人の人権を侵害しないようにという制限をうけるのは当然である。この憲法二一条の結社の自由権、その内容の一つとしての自律権の行使には他の社会的意味をもつ市民的自由と同じく右の点で相対的・一般的制限のあることは判例・学説上でも当然のこととなつている。

従つて、④も被申請人主張の「憲法における政党の特別の地位」の根拠に用いることはできない。

右に述べたように、被申請人主張の「憲法における政党の特別の地位」についての四つの根拠がいずれも理由がない以上、右主張を前提とする被申請人らの本案前の抗弁は、憲法二一条、一九条の恣意的解釈として用いることのできないものである。

2 政党は高度な公共性をもつにしても、政党の憲法的編入段階にない現在の日本国憲法その他成文法上では、それは憲法二一条で保障されている私的結社の一つであるが、このような私的結社における「結社の自由」権という場合、その内容の一つとして党規約に基づいて被申請人に、「申請人に対する一般的統制権、処分権」が存在するとともに、申請人に、「被申請人に対する正当な理由及び正規の手続がない結社からの排除=除名処分をうけない権利」が存在し、本件除名処分をめぐる争いは本件当事者間の党規約に基づく右の具体的権利をめぐる争いであり、本件申請は明白に法律上の争訟性を有するものである。

同時に、本件除名処分は、申請人の党内での具体的人権侵害・党員権侵害の救済を求めた憲法三二条の裁判請求権行使行為を主要な理由としてなされたものであるところ、申請人にはそのような私的結社内部における具体的権利侵害に対する憲法三二条の裁判請求権行使行為を理由とした当該私的結社からの排除=除名をうけないという憲法二一条の結社の自由権が基本的人権として保障されている。

従つて、本件除名処分をめぐる争いは、被申請人の具体的結社の自由権と申請人の憲法二一条の具体的結社の自由権、及び同三二条の裁判請求権をめぐる争い、即ち私人相互間の憲法上の基本的人権をめぐる争いであり、本件申請は明白に法律上の争訟性を有するから、司法審査の対象となるものであることは当然のことである。

二  被申請人らの主張

(本案前の抗弁)

申請人は被申請人日本共産党愛知県委員会がなした除名処分の無効を主張して本件仮処分申請に及んでいるが、およそ政党のおこなう除名処分のごとき制裁処分は、当該政党の完全な内部問題であつて、完全な自律権に属するものであり、その適否は裁判所の司法審査権の範囲に属しないものであることは先に述べたとおりである。

(申請人の主張に対する認否及び反論)

(一) 申請人が被申請人県委員会所属の党員であつたこと、同被申請人が申請人主張の日ころ、その主張のとおり機関決定に基づいて、申請人に対し本件除名処分をなしたことは認める。その余は否認する。

(二) 本件除名処分は、申請人が自ら承認している規約二条九項の「党の内部問題は党内で解決し、党外にもち出してはならない」を公然と破つたためにおこなわれた規約上の当然の制裁措置である。

いうまでもなく日本共産党は綱領と規約を認め自発的意思で参加する党員からなる自由な政治結社である。自由な政治結社は、外からの攻撃とたたかうだけでなく、内部からの破壊ともたたかうことなしには存在しえない。一般的にも自由な政治結社は、その性格、目的に応じて内部規律(規約、規制)をつくり、それを共通のきづなとして組織をつくつている。内部規律をもたない結社は存在しない。そして内部規律をもつ自由は、内部規律の違反者を排除(除名)する自由を内包している。内部規律をすべての構成員が守つてこそ結社の自由が守れるからである。

したがつて、申請人に対する被申請人の除名処分は、自由な政治結社の本質に根ざす自律権の行使であつて、第三者の介入を許さないものである。

申請人は自由な政治結社の自律権を否定し、党内問題を司法審査にゆだねることを正当化しようとしているが、これは、一般社会における個人の権利の保障と、自らの意思で規約を承認し、その遵守を義務づけられている自由な政治結社内の内部規律の差異を無視した暴論である。

理由

一申請人が日本共産党の党員であつたこと、入党以来の党内歴が申請人主張のとおりであること、申請人主張の日時に本件解任処分、点在員措置決定、並びに本件除名処分がなされたことは、当事者間に争いがない。

よつて、まず被申請人らの本案前の抗弁の当否につき判断する。

二疎明資料によれば、次の事実が認められる。

(一)  (組織)

被申請人中央委員会は、日本共産党の最高の議決機関である党大会において選出された委員を以つて構成し、対外的に党を代表し、党の方針と政策を全党的に指導推進する任務を有する最高組織であり、規約上は最上級の指導機関と呼ばれている。

被申請人県委員会は、都道府県単位の議決機関である県党会議において選出された委員を以つて構成し、中央機関の決定をその地方に具体化し、県党会議の決定を実行し、県単位の党活動を指導する任務を有する愛知県組織であり、規約上は中央委員会に次ぐ指導機関と呼ばれている。

県委員会の下には、地区組織としての地区委員会が、同委員会の下には基礎組織としての支部委員会が置かれている。

(二)  (入党、離党)

入党希望者は、党員二名の推薦あるを要し、原則として基礎組織が審査したうえ、地区委員会の承認を得て、五箇月の党員候補期間を経て入党を許可される。

党員は、党の綱領と規約を承認し、規定の党費を納入することを要し、党の団結をかため、党の政策と決定を無条件で実行し、党の内部問題は、党内で解決し、党外にもち出してはならないことを義務づけられている。

離党は、基礎組織又は党の機関にその事情を述べて承認を得ることを要する。

党員の籍は原則としてその居住する地域ないし同一職場の基礎組織の所属とされ、転籍は、各機関が中央委員会の定める規定により行う。点在党員とは、その者の居住する地域ないし同一職場の基礎組織に属していない党員(所属籍を有しない党員)を指称する。

(三)  (県勤務員)

県勤務員は、県委員会の執行機関である県常任委員会(県委員会が選出した委員で構成する)の職務に専従する者で、県委員会が規約二四条(党の各級指導機関は、必要な専門部や、専門委員会その他の機構を作ることができる)に基づき、党員の中から任命する。かくして任命された県勤務員は、基礎組織としての県勤務員支部を組織している。県勤務員の任期の定めはなく、その人数は必要に応じ県常任委員が適宜増減する。

(四)  (党員に対する制裁)

党員は、党の規律をかたくまもらなければならず、党員の義務をおこたり、党の統一を破壊し、決定にそむき、党をあざむき、党員の権利をおかして、いちじるしく党と人民の利益に反するものは、規律違反として処分される。

規律違反に対する処分は、訓戒、警告、機関活動の停止、機関からの罷免、権利停止、除名に分かれ、原則としてその党員の所属する基礎組織の党会議、総会の決定によりなされ、一級上の指導機関の承認をえて確定され、特殊な事情のもとでは、地区組織以上の各級指導機関が、党員を処分することができるが、このばあい、都道府県委員会、地区委員会のおこなつた処分は、一級上の指導機関の承認をえて確定される。また党員に対する処分を審査し、決定するときは、特殊の場合をのぞいて、所属組織は処分をうけるものに十分弁明の機会をあたえ、処分が確定されたならば、処分の理由を、処分されたものに通知しなくてはならず、処分に不服の党員または被除名者は、再審査をもとめることができる。

なお除名は、最高の制裁であるところから、除名の決定ないし承認をするについては、関係資料を公平に調査し、本人の訴えをききとることが要求されている。

三以上に認定した事実によれば、被申請人らは、いずれも政党である日本共産党の中央ないし都道府県組織であると共に、党の方針と政策を指導推進する任務を有する指導機関であること、本件除名処分は、規約に基づき、被申請人県委員会が行なつた制裁であり、本件解任処分は制裁ではないが、任命権者である被申請人県委員会が行なつた専従任務を解く処分であり、点在党員措置決定は、同様に制裁ではなく、本件解任処分に伴い、当然に県勤務員支部籍を失つた者の党籍に関しなした同被申請人の転籍措置であること及び被申請人中央委員会は、本件除名処分につき上級の承認機関であること、以上の事実が明らかである。

四そこで考えるのに、憲法は政党について規定するところがなく、これに特別の地位を与えていないが、憲法の定める議会制民主主義は、政党を無視しては到底その円滑な運用を期待することはできないのであるから、憲法は、政党の存在を当然に予定しているものというべきであり、政党は、議会制民主主義を支える不可欠な要素であると共に、国民の政治意思を形成する最も有力な媒体である。

この見地からすれば、政治結社である政党は、憲法二一条で保障されている結社の自由の保障を高度に与えられて然るべき団体ということができる。

そして、同条にいう結社の自由の保障とは、政党の場合、憲法一九条所定の思想信条の自由と結びついて、政党の結成ないし政党に対する加入、脱退の自由を保障すると共に、政党が自らの組織運営について自治の権利を有することを保障したものと解される。そして、政党の自由な組織・運営に公権力の介入が認められるのは、政治資金規正法、公職選挙法、破壊活動防止法など法律に特別の規定がある場合に限定されているのであつて、政党の前記のような結社の重要性に着目すると、政党の自律権はできるだけ尊重すべきであり、党員に対し政党がした処分の当否については当該党員としてではなく、一般市民として有する権利(以下「市民的権利」という)を侵害していると認められない限りは、司法審査の対象とはならないと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、本件各処分は、いずれも政党内部の機関が規約上定められた権限に基づき党員に対し行なつたものであることは明らかであり、右各処分のうち、本件除名処分及び点在党員措置決定(申請人主張の継続決定は、疎明資料によれば、右点在党員措置決定の書面による正式通知を申請人が継続決定と誤解したもので、継続決定はなされていないことが認められる)は、その処分の性質自体に照らし党員の市民的権利を侵害する余地はないから、政党の有する自律権の範囲内に属しこれら処分の当否は司法審査の対象とならないと解するのが相当である。

五そこで、本件解任処分が申請人の市民的権利を侵害するといえるか否かについて判断する。

(一)  疎明資料によれは、次の事実が認められる。

1  県勤務員は、前記のとおり県委員会の職務執行機関である県常任委員会の職務に専従する者で、党務に専念することが要求され、党からは、一定の給与が支払われる。

2  申請人は、昭和四四年(一九六九年)一二月前記のとおり被申請人県委員会の県勤務員に任命され、昭和五二年(一九七七年)三月当時で、基本給一律七万円、年令給二万九五〇〇円、専従歴給一万三〇〇〇円(一年一〇〇〇円の割合)、合計一一万二五〇〇円、健康保険料三八二二円、厚生年金保険料四四五九円、所得税二八二〇円、市民税一六五〇円が差引かれ、手取り額は九万九七四九円であり、ほかに夏・冬期に一時金として各一一万二五〇〇円が支給されていたが右一時金は一般党員のカンパ金によつてまかなわれるのが通常である。

県常任委員会は毎週一回常任委員会を開催し、その決定を県勤務員に伝達し、県勤務員は常任委員を部長として各専門分野毎に部会をもち、毎月二、三回部会を開催し、常任委員会の決定を討議し具体化する(第一六五七号事件疎甲六号証二頁)。申請人は県選対部員で、右のような過程で具体化された選挙関係問題につき、全県党の指導活動に従事するもので、国政選挙をはじめ一切の選挙期間中は昼夜を問わず選挙運動に従事するが、通常は被申請人県委員会の肩書住居の政党事務所に、午前九時ないし一〇時頃出勤し、午後九時ないし同一〇時頃まで一般党務に従事する。右事務所には出勤簿はなく、連絡簿に行先を記せば自由に外出して活動することができる。また、就業規則、給与規則等の定めはなく、欠勤しても賃金控除を受けることはないかわりに、時間外割増賃金の支払を受けるということもなく、有給休暇の定めもない。

(二) 以上に認定した事実によれば、県勤務員は、自発的献身的に党活動に専従する政党の常任活動家であり、県常任委員の指揮命令を受けるというよりは、県常任委員を補佐し、これに協力して執行機関である県常任委員会を構成し、全県党の指導活動並びに一般党務に従事する者であり、勤務場所、勤務時間の拘束はなく、欠勤控除もないかわりに、時間外割増賃金、有給休暇の定めもないというのであるから、以上のような県勤務員の勤務の実態に即して考えると、県勤務員に対する給与は、党務に専従するための活動費であり、生活補償費の意味合も含まれてはいるが、労務の提供と対価関係にあるとは認められず、従属労働性の度合は稀薄であり、県勤務員と被申請人県委員会との法律関係は、労基法の適用を受ける雇用契約関係にあると目することは困難であつて、寧ろ、県常任委員と同様に委任契約ないしこれに類似する法律関係と認めるのが相当である。

もつとも、県勤務員は、先に認定したとおり、厚生年金、健康保険の被保険者とされ、給与中から右各保険料を控除されているが、厚生年金保険法、健康保険法に定める保険給付は、いずれも、労基法、労災保険法に定める災害補償等とその対象を異にし、専ら労働者及びその被扶養者又は遺族の生活の安定を図ることを目的としているのであつて、このような保険制度の有する社会的意義を考えると、この制度の利益を広範囲の労働従事者に及ぼすことが法の趣旨、目的に沿う所以である。従つて被保険者の資格要件である『事業所に使用される者(健康保険法一三条、一四条、厚生年金保険法九条、一〇条)』の範囲は、必ずしも労基法の適用対象である従属労働関係のある者に限定されず、委任ないしこれに類似の契約であつても、有償で継続的に稼働する者、例えば法人の代表者等もこれに包含されると解されるから、県勤務員もこれら保険の被保険者の資格要件を備えているものというべく、県勤務員がこれら保険の被保険者とされている事実は、県勤務員が労基法の適用を受ける雇用契約関係にないとの前記判断をなす妨げとはならないというべきである。

(三) 然しながら、県勤務員は、給与名下に金員が支給され、有償である点において市民的権利につらなる側面のあることは否定できないところであるから、その限りにおいて政党の自律権は制約を受けるものというべく、本件解任処分の当否は、司法審査の対象となると解するのが相当である。これに反する被申請人らの主張は採用できない。

六そこで、本件解任処分の効力について判断するに、本件解任処分は、法的には委任契約の解除権の行使にほかならないところ、本件のような有償委任契約の解除については、委任者が任意にこれを行使することはできず、相当の事由を要すると解せられる。

ところで、本件解任処分につき労基法の適用がないことは先に述べたとおりであるところ、申請人は、労基法一九条違反のみを無効原因として主張しているのであるから、右主張はもとより採用できず、他に無効原因の存することについては、何らの主張がないのみならず、申請人は、審尋期日に、解任するに足りる事由の存することについては争わない旨陳述しているから、本件解任処分は有効と認めるの外はなく、県勤務員たる地位の保全等を求める仮処分申請は、その余の点につき判断するまでもなく被保全権利の疎明を欠くことになる。

七結論

以上のとおりであるから、本件仮処分申請中県勤務員たる地位の保全、金員仮払を求める五二年(ヨ)第一六五七号事件は被保全権利の疎明を欠き、同年(ヨ)第一六五八号、同年(ヨ)第一九〇八号事件は司法審査の対象とならず不適法であるから、いずれも失当として却下することとし、申請費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(松本武 戸塚正二 島本誠三)

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